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広島地方裁判所呉支部 昭和39年(む)93号 決定

主文

本件申立はこれを棄却する。

理由

本件準抗告申立の趣旨および理由は別紙準抗告の申立書記載の通りであるところ、一件記録に徴すると、被疑者が勾留請求書に被疑事実として示してある罪を犯したことを疑うに足る相当な理由のあることを認めるに十分である。

そこで検察官主張のように被疑者に罪証を隠滅する虞れがあると認められるかどうかについて考えてみる。本件被疑事件はいずれも全国自動車交通労働組合広島地方本部呉支部所属の三光分会労働組合(三光タクシー有限会社の従業員一七名中、九名が加入しているもの)が会社側に対し昭和三九年七月中旬過から夏期手当の増額等を要求して怠業行為を継続したのに対抗して、会社が組合に対し同月末日にロツクアウトを通告して組合員の就労を拒否する一方、従業員中会社と協調する非組合員六名に対しては従前通り就労させたことから、被疑者を含む前記全国自動車交通労働組合広島地方本部呉支部傘下の組合員が、右会社の非組合員の就労を阻止するため、その運転稼働中のタクシーを既に組合員が占拠中の会社の車庫に強制入庫させようとして発生したことが一応認められる。しかして被疑者は本件犯行の現行犯人として逮捕されたのち、司法警察員に対して事実関係をも説明して自己らの犯行を否認しており、その供述内容および被疑者ら組合員と被害者側との対立関係を考えると、被疑者が釈放された場合には捜査機関に対して出頭を拒否し、あるいはその取調に際して供述拒否権を行使する等の挙に出ることも推認できないわけではないが、このことは法律上許容された被疑者の手段であつて、直ちに罪証隠滅の虞れある事由とはなし得ない。

次に被疑者は前記労働組合の統制下にあるものであり、且つ本件犯行が同組合の争議行為の一環として組織的、計画的に敢行されたと推認できる間接的な情況資料も存在しないわけではないことから考えると、被疑者が釈放された場合に組合の存続を図る目的等のために他の共犯者らも含めて各相互間において通謀し、将来捜査機関ないし裁判所において虚偽の供述をすることも予想されるが、他面本件犯行の被害者およびこれを目撃した第三者たる一般参考人らは、司法警察員あるいは検察官に対し、既に詳細かつ明瞭に被疑者らの本件犯行につき供述しており、右の者らが被疑者の釈放によつて従前の供述をひるがえす可能性あることを窺わせる資料は何もない(これらの者に対して被疑者側が何らかの働きかけによる罪証隠滅を図る虞れのあることを窺わせる資料はない)から、被疑者およびその側にある参考人等によつて仮に虚偽の供述がなされたとしても、それによつて本件被疑事実の存在が否定されるものとは考えられず、従つて仮に被疑者等が右のような通謀をするとしても、本件においては、これをもつて勾留の要件たる罪証隠滅の虞れありと疑うに足る相当な理由ありとすることはできない。なお本件捜査の進展状況をみると、本件はその態様が相当に複雑で、本件犯行に関与した疑のある者のうち、その氏名および関与の方法程度等の未だ判明していないものが残つていることが窺われるので、事案の真相を明白にするために今後なお相当困難な捜査を継続する必要があると思料されるが、右の如き捜査の必要性ないし困難性があることをもつて、以上の判断を別異にすべき筋合のものではない。

その他一件記録を精査しても被疑者について刑事訴訟法第六〇条第一項所定の事由があるとは認められないので、検察官の本件勾留の請求を却下した原裁判は相当である。よつて本件準抗告は理由がないから、同法第四三二条、第四二六条第一項後段により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 赤木薫 裁判官 大北泉 滝口功)

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